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【乳がんステージ0】手術と、入院中のお話。

※この記事にはプロモーションが含まれています。

これから記載することは私自身の経験談です。がんの状態や病院の方針、医学の進歩によって状況は変わりますので一つの経験談として読んでいただけると嬉しいです。

私は2021年の4月に乳がんという病気になっていることが発覚しました。

ステージは0。

一番初期、超早期発見です。

他のがんにステージ0というのはないらしいです。

ステージ0はがんが周りの細胞に浸潤しておらずある一定の場所に留まっているということらしいです。

要は転移の心配がほぼない状態ということです。

女性の胸には乳腺という血管のようなものがたくさんあります。生理の前後や最中に胸が張るのは乳腺が発達するからだそうです。

その乳腺の中にがん組織が留まっている、ということのようです。

手術が必要です。

実はステージ0の場合は全摘出という選択しかないということでした。

乳腺の中をどこまで広がっているか分からないからということでした。

全摘出するのなら、その後の乳房再建について考える必要があります。

私の場合は3つの選択肢がありました。

一つ目は、摘出のみ行い、再建をしない。

これは胸が平らというか少しくぼんだ状態になるという説明でした。

二つ目は、インプラントといって人工物を胸の中に入れて膨らみを作るというもの。

10年に1回くらい調整などが必要らしいです。

三つ目は、自家組織を入れて胸の膨らみを作るというもの。

自家組織とは自分の体の組織ということであり、お腹や背中、太ももなどから脂肪を切り出して胸に入れるということです。

まだ30代なのでぺったんこはなんとなく嫌。

インプラントはメンテナンスが必要で面倒くさそうだし摘出手術の後に何回か手術が必要なこともあるらしいので嫌。

ということで自家組織で再建することに決めました。

私の場合は太ももの内側の自家組織を使用することになりました。

胸の大きさによって、どこから自家組織を取るかが決まるらしいです。

場所はお腹、おしり、ふともも、鼠蹊部、腰などがあるそうです。

胸と太ももを切ることになるので先生から手術後に使う下着とガードルを紹介されました。

実際に購入したものはネットでは売っていなかったのですが前開きで締め付けがないものでした。下記のようなものだったかと思います。私は怖くてしばらく普通のブラジャーは使えなかったです。確か術後3〜4ヶ月は術後用のブラジャーを付けていました。ブラジャーというよりは乳帯って感じですかね。

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ガードルはKEA工房という会社が販売しているものを購入しました。かなりきつめのを履いていました。夏場だったので暑くて暑くて辛かったのを覚えています。

乳帯やガードルは先生が指定するものがあると思うので指示に従っていただければと思います。

手術後は腕を上げることをしばらく控えなければならないので着替えやすいものを前もって用意しておくことをお勧めします。Tシャツとかしばらく着れなかったことを覚えています。

さて手術です。

手術の前日から入院です。

前日にデザインといって形成外科の先生が胸などに、どのように切るか反対側の胸とのバランスなどを見て描いてくれました。

どんなふうに切られるか分かったら嫌だなと思い、あまり見なかったです。

やっぱり怖いですよね。

そうそう。デザインの前にとっても痛いことをやらなきゃいけないんです。

リンパに転移しているか調べるために全摘手術の際に、脇の下からリンパ組織を一部摘出します。

その組織がどこにあるか分かりやすくするために目印が必要です。

そのために注射をするんですがこれが痛いのなんのって…。

「みなさん、手術よりこれが1番痛いとおっしゃります」と、先生が教えてくれるくらい相当痛いです。

これはなんとか耐えて頑張りましょう!

痛いのは1分も続かなかったはずです!

なんとか痛いのも乗り越え、デザインも終え緊張しながらも、手術の朝を迎えます。

私は初めての全身麻酔でした。

とにかく緊張しましたが、先生たちを信じて臨みました。

麻酔を打たれて気づいたらもう手術が終わっています。

全身麻酔での手術では喉に呼吸のための管が挿管されるので、外した後はしばらく声が出にくい状態になりますが徐々に治っていくので安心してください。

手術はなんと12時間かかりました。

私は寝ていただけなので先生たち本当にお疲れ様でした。ありがとうございましたという気持ちでいっぱいです。

手術後はきついです。

自家組織からの移植をした場合、3日目まではベッドから出られません。

太ももの組織の血管と胸の血管を繋がる手術をしているのでしっかり繋がるまでは動くのは厳禁だそうです。

太ももも切っているので足も動かせず、もちろん上半身もほとんど動かせません。

寝返りがうてないって正直かなり辛いです。

管もたくさん繋がってます。

点滴、ドレーン(傷口に血液が溜まらないように胸の横に小さな穴を開けて排液を行う)、尿管、硬膜外麻酔。あとは血栓予防のフットポンプも常に動いている状態です。

食事は、ギリギリ食べれるくらいの角度までベッドの上半身部分を上げて食べます。

なんとか食べれますし、私は意外と食欲がありモリモリ食べれました。

病院食っておいしくなってきてますよね。

細かく記載すると、太ももからの移植の場合は40度まで、お腹からの人は45度までとなっていました。

48時間経ったらベッドのリクライニングを90度まで上げれます。

これが意外と感動します。久しぶりに座るので違和感もありましたが。

なんとその日は自身の誕生日だったので変な話ですが何よりのプレゼントになりました。

普通に生活するための一歩を踏み出せた感じが嬉しかったです。

術後3日目に先生の許可が出たらとうとうベッドから立ちます!!

太ももを動かすとビリビリしたのでとっても怖かったですが立ちたい意欲の方が強かったです。傷跡が濃い目に残るのは嫌だったので慎重に動きましたが…。

3日目、4日目と病室内でトイレとの往復です。

暇です!!

東京オリンピックが開催されていたのでチラチラ見てましたがずーっと見れるものじゃなかったのでAmazonプライムで映画を観てました。

サブスク必須です!


7日目。とうとう退院!!!!!

私はその病院のスケジュールでは最短で退院することができました。

少しずつ管が少なくなって身軽になっていくのは気持ちいいものでした。確か最後は自己貯血した自分の血液を体の中に戻す管だったと思います。

ドレーンの廃液は量がほとんど出なくなったら取れるので3本あったのが1本ずつ減っていきましたね。

最期まで頑張った自分をよく褒めてあげましょう。

看護士さんたちは忙しいのでこちらの感動はあまり共有できませんがお世話になった方々ですのでよくよくお礼を言って退院しました。

乳がん発覚からすごい勢いで手術まで進んだように見えますが、実際は間が結構空いたりして、早く手術しないとがんが転移してしまうのではないかと気が気じゃなかったです。病院選び間違ったのか、もっと早く調べて動けなかったのかなど自分を自分で責めてしまっていました。

もしかしたらもっと最善な道はあったのかもしれません。でも頭も心も混乱した状態でしっかり先生の話を聞いて自分で決断、選択してきた道です。これが最善と思って進むしかなかったんだと今は思っています。

これを読んでくださってる方はきっと乳がんと告知されて辛い思いをされている方だと思います。なんの力にもなれませんが、少しでも参考になれば幸いです。